2016年2月14日

岩渕敏郎 講演会

破天荒公務員奮戦記! なぜ人は動いたのか?




平成28年2月10日、東京都千代田区神田錦町において、「一関市の地産外商の取り組み」と題して、一関市農林部次長兼農政課長の岩渕敏郎氏の講演が行われました。


私どもの住んでいる一関市は岩手県の一番南、宮城県に接している場所です。岩手でも二番目に大きい市です。人口は十二万ほどです。
私は地産外商ということで、首都圏で今まで、いろんな取り組みをしてまいりました。
経緯を話しますと、ある時、市長から特命を受けまして、地産外商をやれ、ということを言われたんです。「ところで、地産外商ってなんですか?」と市長に聞いたら、とにかく首都圏で一関の知名度を上げることなんだ、と・・・。
ただ、具体的な指示はないんですよ。これぐらい無責任な指示はありませんね。(笑)
「農産物、観光、全部売ってこい」とんでもないですよね。全てのものの知名度を首都圏で上げてこい、という究極の指令ですよ。(笑)
マニュアルがないんです。いわば、お前のやりたいようにやっていいと、特権をもらったんです。
行政で一番大切なのはスピード感です。その話があったのが三年前・・・。
それで、どうしたらいいかと思って、考えたところ、首都圏では一年通して一関のパンフレットを置いたことって、ないんですよ。岩手のアンテナショップにパンフレットが置いてありますけど、岩手中から集まるから、一関の色が薄れちゃうんですよね。競合しないところに置いた方がいいだろうと。そこで、パンフレットラックを買って、コンビニに置いてもらおうと、首都圏のコンビニを回りました。
そのうち東小金井のファミリーマートのオーナーが、地域活性化のためとは面白い、ということで、ラックを置かせてもらって、そのオーナーさんの友人を紹介してもらって、次第に広がっていきました。今は22店舗ぐらいに増えました。
そのうち、その東小金井のファミリーマートのオーナーさんが六本木に肉屋格之進という一関産のおいしい肉を出すところがあるぞ、と言われたんですが、私はそのお店を知りませんでした。千葉祐士社長との運命的な出会いでした。一関にはいわて南牛というのがあるが、これでイベントができないだろうか、というのを持ち掛けたんです。ただ、まとまるには二か月ぐらい、かかりました。経営者ですから、そう簡単に決めるわけには、いかないんですね。
そして、記念すべき第一回目のイベント「うまいもんまるごと一関」というイベントが始まったわけです。ただ、イベントに呼びたいといっても、コネがないわけです。ふるさと会の人を呼んでも、何にもならないんです。一関を知らない人に知ってもらわないと。それで千葉社長に上得意名簿を見せてもらって、その中からお客様を選んだんです。
イベントというのは第一回目が大事なんです。ここでコケたら、二回目、三回目はないんです。なぜ、こういうことをやったかというと、地方自治体と首都圏の交流というと、一年に一回、野菜を持って売るだけなんです。これは意味がないと思うんです。生産者が対面で物を売るといい、というんで、トラック一杯に生産物を積んで首都圏で売る、これは後に続かないんです。買う人は優れた生産者に会おうというわけではなく、ただ物が安いから買うだけなんです。
「うまいもんまるごと一関」のイベントでは二時間ぐらい、どうやってこの農産物を作ったかということを、滔々と生産者が話すんです。その時のお客様が一関を応援する組織を作ってくれるわけです。もう15回、やってるんですけど、新規のお客様を65%ぐらい伸ばしながら、イベントを続けてます。こんなイベントを運営しているのは、全国の自治体にも、ないわけです。
後は近助の精神です。震災では宮城の気仙沼も被害を受けたわけですけど、岩手と宮城では対応が違うんですよ。ただ、私の住む千厩は一関より気仙沼の方が近いんです。そこで気仙沼の物産も売ってあげましょうと。
そのうちに強力な「一関市PRサポーター」ができまして、銀座の店舗を借りて「復興バー」を作って、一関の食材をPRしたんです。一関市に縁もゆかりもない人たちがサポートしてくれたんですが、その活躍がSNSなどで一関市の在京者に伝わって「一関平泉大学」という若者が中心の実行部隊ができました。

お客様に聞いたことがあるんです。「なぜ皆さんは一関のために、こんなに動いてくれるのですか?」と、そうしたら「岩渕さんは一関と私たちの関係を他人事から自分事に変えてくれた」と、返ってきました。
私は手を抜かない、気を抜かない、ということをモットーにやってきました。そして楽しみながらやること、これが大事なんです。こういう心が人に伝わって、道は拓けていくのかなと・・・。
とりとめのない話ですが、ご静聴ありがとうございました。